七草粥の由来や風習、健康思想について解説!



年中行事の食文化

季節の推移に従った社会生活というのは、儒家の唱えた礼教国家の基本概念です。国家の政事や祭式は、月令(月ごとの法令、儀礼)に規定し、年中行事として実践しました。

現代社会では、記念日という意味合いしかなくなっていますが、国家の平安、個人の健康を恒常的に維持するための養生の工夫が凝らされています。

年中行事には、お祭り気分を盛り上げるアイテムがあります。正月であれば、鏡餅、おせち、七草粥の3点セットです。

鏡餅は、年神が降臨する依り代ですが、鏡開きして餅を食べることには歯を丈夫にする意味があります。はがめ(歯固め)=鏡が掛詞になっているわけです。

ただし、歯固めの主たる対象者は、乳児ではなく、成人です。おせち料理とは、もともとは御節供の料理、すなわち五節句の祝儀料理を指しています。

節句は奇数月のぞろ目の日ですが、正月だけは元旦を避けて7日としています。

7日といえば七草粥、だから「おせち料理で疲れた胃を、七草粥でいたわりましょう」という言説は、原義的にはちょっと矛盾しています。

七草粥の由来や風習について

七草粥は、中国の七種菜の勇(雑炊)の習俗を源流として、貴族社会の年初行事の1つとして古来より行われていました。平安時代に若菜摘みと混合して現在のスタイルの原型ができあがり、やがて世俗化して庶民生活に定着しました。

七草粥を調理するのは前夜で、摘み立ての七草を棒で叩くのに、恵方に向かって「唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に」という鳥追いの嘩子詞を口ずさみながら、番犬の耳をそばだてるほどにストトントンと音を立てるのが流儀です。

唐土の鳥とは、死に至る病をもたらす鬼山で、天帝少女、夜行遊女、姑獲鳥、鬼車鳥と多くの異名があります。夜に飛び、昼に隠れる。雌だけで子がない。そこで、人間の子供を狙い、血をしたたらせて目印を付け、密かに撰っていきます。そのために、毛を脱ぐと婦人になるとか、産女の化身とかの言説が附加されています。

一説に10個の頭があり、その1つを犬に食いちぎられたという説があります。なぜなら七草鼠子に番犬が関与するのは、天敵だからです。

このような夜に飛ぶ鳥の崇りを想起したのは、どうにも避けがたい伝染病などの大量死、あるいは子供の突然死を深く悲しんだからではないでしょうか。

どこからやって来るのかわからないし、どんなに腕のいい医者でも無力です。現代社会でも、まだ絶滅種になっていません。

日本では、「御伽草子』所収の七草草紙に、七草粥の由来が説かれています。そこでは、須弥山の南に棲む白鵞鳥が登場します。白鵞鳥は、恐ろしい凶鳥ではなく、七色の草を服用して八千年も長生きする神仙鳥であり、その鳥が飛来する前に両親に食べさせるという孝行譚になっています。

子供向けの仏教説話に脚色されていますが、七草粥が長寿を得る薬膳食と見なされていたことがわかります。

唐土の鬼鳥がもたらす感染症というと、毎年新型に進化して襲来するインフルエンザを思い起こします。

これは、日本の鳥にとっても最大の脅威、病にかからなくても、な人獣に皆殺しにされてしまうのですから。

七草粥を食べる1月7回忌、人日と呼ばれている人の記念日です。

古歳時記や類書によれば、1日が鶏、2日が狗、3日が羊、4日が猪、5日が牛、6日が馬、7日が人(或説に8日が穀)とあります。

あたかも7目目に人間が誕生するかのような立論ですが、そんな古代中国の創世記があったわけではないことが、放馬灘秦簡出土の『日書』乙種によって明らかになっています。

それによると、吹く風(天候)によって災いの有無を、家畜を含めて占う年初の儀礼があり、そこから人日だけが習俗化したのです。そうであれば、家畜を仲間として無病息災を祈願すべきです。

鶏豚が新型インフルエンザに罹患しないためにも、人日の前夜にはストトントンと七草叩きの音を響かせてもらいたいと思うのは私だけでしょうか。

年中行事は、ずっと昔から季節感ある暮らしを演出してきました。それを発展的に継承していくならば、やがて行き着く先は、

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