歯とロに関する四字熟語を紹介!調べてみるとためになる四字熟語ばかりだった!



異ロ同音(いこうどうおん)

これからご紹介する「歯と口に関する四字熟語」の中では、比較的ひんぱんに日常会話に登場する言葉だ。その意味は“多くの人がみな口をそろえて、同じことを言う。みんなの意見が一致すること”だ。

“口”は「こう」と読むのだそうだが、一般的には「いくどうおん」と発音する。出典は中国、東晋の葛洪(かつこう)の著、「抱朴子(ほうぼくし)」である。この書は4世紀前半に著されたが、実は大変ユニークな書だ。内篇20巻は、神仙、方薬、鬼怪、養生、長生、悪魔払い、厄よけなどの道教・神仙道の理論と実践(道術)の解説書で、きわめてオタクチックな妖怪図鑑といった趣である。

左慈(さじ・三国志に登場する妖術使い。同じく三国志の主要人物の一人である魏の曹操を翻弄し、その死を予言して去った。やはり「神仙伝」という妖怪図鑑を著しています)の影響が大きいとされている。

“異口同音”は、その内篇からではなく、政治・経済・文明の批判の書であった外篇50巻からの出典と思われる。

一ロ両舌(いっこうりょうぜつ)

その意味は“前に言ったことと、あとで言うこととが違うこと。また、そのさま。二枚舌を使うこと”である。出典は不明だが、おそらく仏教の“「悪”の中の“両舌”に由来したものと思われる。

仏教では人間の行為を身・口・意の三つに分けている。「身」の悪として殺生・楡盗・邪淫、「口」の悪として妄語(嘘をつく)・綺語(無駄なおしゃべり)・悪[(粗暴な言葉)・両舌(中傷の言葉・二人の人に対し異なることを言って仲たがいさせる)、意の悪として貧欲(むさぼり求める)・瞑志(怒る)・愚痴(道理を解さない)としている。合わせて十悪、人間が犯す不善行として最も慎むべきものとされてきた。

金口木舌(きんこうぼくぜつ)

「木」は「もく」とも読む。『揚子法言・学行』を出典とし、朱子学を大成させた朱熹(しゅき)によって編纂された「論語集注』にも取り上げられている。

古代中国では、官吏が法律や政令などを民衆に宣布するときに、木鐸を鳴らした。木鐸の「鐸」は大型の鈴のようなもので、口=鈴の下部の切れ込み部分が金属.舌=鈴の中に入っている玉が木製とも、また文事には木の舌(木鐸)、武事には金の舌(金鐸)を用いたとも言われている。

諸国遊説を続ける孔子一行に、国境の小村の役人が「天下に道なく乱れた世を導くよう、天は師を木鐸として下さったのです」と孔子を労ったのが始まりとされ、以来すぐれた言論・著書で、社会を教え導く人の例えとされた。

綿心繍ロ(きんしんしゅうこう)

唐代の詩人・柳宗元(りゅうそうげん)による『乞巧文(きっこうぶん)』を出典とする。その意味は、詩文の才能に優れている例えで、美しく優れた思いと言葉を操る文筆家への讃辞といったところか。

「錦心(きんしん)」は錦のように美しい思いや心を意味し、「繍口(しゅうこう)」は刺繍のように美しい言葉を指す。しかし作者の柳宗元の生涯は、このイメージとはかけ離れた波乱に満ちた人生であった。

柳宗元は中国の文学者であり政治家で、出身地が河東(現在の山西省)であることから、「河東先生」とも呼ばれている。唐・宋代の8人の著名な文人を指す「唐宋八大家」の1人に数えられていた。しかし改革派政治家の柳宗元は、既得権益の剥奪を恐れる保守派の猛反発に遭い、三度に亘る左遷の果てに政治生命を絶たれてしまう。以後、ついに中央復帰の夢はかなわぬまま、47歳で没した。

政治家としては確かに不遇であったが、その詩作のほとんどが左遷以後に残されている。政治上の挫折という逆境を生き抜いたことが、文学者としての大成を促したのではないかと言われている。

「繍口」それは「錦心」が伴わなければ、既得権益に固執し美辞麗句を重ねる、現代の政治家たちの甘言と、同じことになってしまうのでしょう。

ロ耳四寸(こうじしすん)の学

紀元前330年頃の中国の思想家・葡卿(じゅんけい)が著した『旬子』32篇のうち、「勧学篇」を出典とする。これは耳と口の距離が四寸であることに由来し、「口と耳との間でする」という意味である。

タイトルのように「口耳四寸」に「学」が付くと、聞いたことをそのまま人に伝えるだけの、身に付かない学問・受け売りの学問を指す。転じて人から聞いて耳から入った学びを、そのまま知ったかぶりをして、さも自説のように人に説明することの軽薄さを戒めてもいる。

歯牙春色(しがしゅんしょく)

出典は不明だが、“ほがらかに大笑いすること”という意味である。もともと中国では、「春」は正月や晴れの日を意味する。中国の伝統文化に憧れを抱いた芥川龍之介の短編小説「春服』の、“春服”も正月の晴れ着を指す。また『唐宋詩』には「春色満園」という詩があり、「小拍柴扉久不開 春色満園関不住」=主人は門を閉めているが、庭園の麗しい春景色を閉じ込めることはできない、という意味である。

これらのことから、「歯牙春色」は春を迎える晴れやかな正月の如く、歯が輝くほどに笑みを浮かべる様子とされる。

歯亡舌存(しぼうぜっそん)

これは“歯亡びて舌存す(はほろびてしたそんす)”と訓読する。前漢の劉向(りゅうきょう)の編になる「説苑(ぜいえん)」の中の「敬慎」を原典である。「説苑」とは、君主を戒めるために前賢先哲の故事・伝説を20巻に纏めたものだ。

この「歯亡舌存」の意味は、“歯は強くて堅いが、やがて抜け落ちてしまう。しかし柔らかい舌は変わりなく機能がはたらく”ことから、「剛強なものは滅びやすく、柔軟性を持つものは残る」ことの例えとされている。

「歯堕舌存(しだぜっそん)」も同義語だ。散逸していた「説苑」は、後に北宋の文筆家で、名君といわれた曾輩(そうきょう)により復刻された。

我が国でいうところの「柳に風のごとく」だ。

“自己主張が強く独善的な君主には、民は付いていきませんよ”と戒めたのかもしれません。

唇歯輔車(しんしほしゃ)

故事成句=故事(大昔にあった事件や由緒ある事柄)を語源とする言葉である。出典は『春秋左氏伝』という聞き慣れない書である。西周の春秋戦国時代.晋の献公が號(かく)を滅ぼすために、虞(ぐ)にワイロを与えて通行許可を求めた。すると虞の賢臣・宮之奇が、「號と虞は一体であり、號が滅びたら虞も滅びましょう。諺にも”輔車相依り、唇亡ぶれば歯寒し”と申します」と虞公を諌めたことを原典としている。

しかし虞公は聞く耳を持たず晋に道を貸しますが、果たして號が滅んで数年後、虞もまた晋に攻め滅ぼされてしまう。この史実はまた、仮道伐號(かどうばっかく・道を仮りて號を伐つ)として、有名な孫子の兵法三十六計の内、混戦計・第二十四計の元にもなった。

その戦術の意味は、“攻略対象を買収等により分断して各個撃破する作戦。また特にいったん同盟して利用したものも後には攻め滅ぼすこと”で、かなりダーティな戦略であった。

横道にそれたが、メインテーマはこのダーティなエピソードではない。前段のハートウォーミングな部分だ。つまり、“唇歯輔車”は、密接な関係にあって、お互いが助け合うことによって成り立つことの例えで、持ちつ持たれつの関係を指す。“唇歯”は文字通り「唇」と「歯」。“輔車”は「頬骨」と「下顎骨」のこととされているが、意味的には「頬骨」ではなく、「上顎骨」かもしれません。

切歯拒腕(せっしやくわん)

“唇歯輔車”同様に故事成句である。“切歯拒腕”の背景にある物語もまた、『三国志』など中国の歴史書の例に漏れず、血生臭いものであった。

『史記』によると、秦王(若き始皇帝)暗殺を命ぜられた荊輌(けいか)は、クーデターを目論む秦の将軍・奨於期(はんおき)に計画を相談する。すると奨於期は自分の腕を強く握りしめて(拒腕)、「これこそ わたしが日夜切歯(「歯ぎしり」のこと。前歯の意味ではありません)して、心を砕いてきたところだ」=“切歯拒腕”と、自ら自分の首を切り落としまう。荊輌は焚於期の首を土産にして、秦王に近づくことに成功したが、結果として暗殺には失敗したそうだ。

同義語として“咬牙切歯”(こうがせっし)がある。「咬牙」は「切歯」同様に悔しがって歯ぎしりする、または習慣となった夜の歯ぎしりなどを意味する。

馬歯徒増(ばしとぞう)

皆さんは古稀など祝宴で、“この歳までいたずらに馬齢を重ねて参りましたが…”などと、お祝いをしてもらう方の、謙遜のスピーチをお聞きになったことがあるのではないか。「馬歯徒像」とはそのもとになった中国の言葉だ。

同義語として「馬歯加長」・「馬歯日増」・「犬馬之歯(齢)」などがある。この「犬馬之歯(よわい)」は曹植が著した「黄初六年令」を出典とし、犬や馬のようにむだに年をとるという意味である。

曹植は、前述の三国志で有名な魏の曹操の五男であり、李白・杜甫以前における中国を代表する文学者で、「詩聖」の評価を受けた人物でもある。“馬齢を重ねる”は、また無駄な時間を過ごすことのほかに、男が“するべぎことをしていないという自嘲の意味もあるようである。馬の年齢は歯の摩滅状況で判別するそうで、まさに“齢”だ。

明眸皓歯(めいぼうこうし)

故事成句である。“明眸皓歯”とは、「ぱっちりと開いた明るい目と白い歯」を意味する言葉だ。その明眸と皓歯によって玄宗皇帝の寵愛を得て、皇后となった楊貴妃を指した。転じて美人を表す言葉として我が国にも定着したのである。

その美しさに溺れた玄宗(もともと息子の嫁だったのに、横恋慕をして息子から楊貴妃を奪い取ってしまった。悪いパパだ川は政治を顧みず、ついに安禄山の乱を招き、楊貴妃は拒殺される。詩人杜甫はこの悲劇を「哀江頭詩」に詠い、「明眸皓歯今何処にか在る」と悲しんだ。

また前項の曹植は「洛神賦(らくしんのふ)に、「丹き唇は外に朗かに、皓き歯は内に鮮やかなり。明眸善くかえりみて、えくぼの権(つら)に承(う)けたり」=赤い唇は外に輝き、真っ白い歯は内にあざやかに、澄み切った目はよく動き、えくぼは頬に愛らしい。と詠っている。これより“朱唇皓歯”も明眸皓歯と同義語とされる。

「歯とお口に関する四字熟語」を、これからの自分の座右の銘にしたいと思うが、“歯亡舌存”な性格だし、“切歯拒腕”な毎日を積み重ねた末の“馬歯徒増”まっしぐらだし、“明眸皓歯”、“錦心繍口”とは無縁だし、なにより“口耳四寸の学”ではないか。皆さんからは“異口同音”に「お前はムリ!」といわれそうで、“一口両舌”に終わりそうだ…。

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