【エダムチーズ】赤球チーズはゴーダに次ぐ生産量



●エダムチーズ

AlbanyColley / Pixabay

このチーズを作るにあたり使用される酵素の種類に、乳酸菌とレンネットがあります。 乳酸菌は文字度通り牛乳から作られる酸で、チーズの発酵には欠かせない物質です。

レンネットは孔子の第四番目の異から抽出される酵素で、温められた牛乳を即座に固まらせてチーズの素となる固形物を作り出します。

ここまでは他のチーズ同様な製法なのですが、次に使われる酵素はなんと微生物のものです。 粉ダニといわれる一種のダニで、乾燥熟成の工程で繁殖させてわざとこの微生物にチーズを食べさせてそこから出てくる酵素でチーズの組織を変化させるのです。

この製法は古くからありますが、オランダ国内で流通しているときは黄色やオレンジのままで、輸出されるときだけ赤くワックスコーティングされています。

●エダムが生まれた町

オランダの代表チーズの一つに『エダム』というものがあります。

空港の土産販売店や輸入されたものは真っ赤なボールのような形をしているチーズです。

このチーズが生まれた町はその名前の通りエダムです。

オランダの首都アムステルダムから北へ向かい30分ほど、アイセル湖に面した小さな町がエダム市です。

ここは小さな運河があちらこちらにみられ今でも船で行きかうほど重要な航路になっています。

時は1230年川をせき止めてできたダムとして町が広がり、船を使って積み荷の上げ下ろしをする際、利用料として課税していた地域でした。 当然物流の基地として発展していったのですが、度重なる洪水で町の機能が失われると時の皇帝カール5世が河口ごと埋めてしまうように命令してしまいました。 これにより港湾業としての機能を失い一気に貧困の町に変わっていきました。 このとき、エダムの町で作っていたチーズを自由に売買できるチーズ市の権利を嘆願し許可されたのです。

難を回避し一気にエダム市はチーズの町へと変貌していきました。チーズ市は1922年まで行われていました。 第一次世界大戦あと、中立していたオランダも国際連盟が設立された1922年の世界情勢が変わる中ともに世情に流れていき、チーズだけという食の環境が自然と衰退していきました。

しかし、第二次世界大戦という大きな戦争後、今日にわたり平和をもとめる世の情勢へと移行していく中でチーズの食の文化を見直す部分が出てきたのです。

●チーズ市

“観光”の目玉としてエダムチーズが使われています。 この観光ではあえてチーズを演出し、1989年からチーズ市を復活させました。

ある種見世物ともいえるこのパフォーマンスではオランダの主たるチーズが見られるほどのもので、旅行会社のツアー企画になっています。

7月と8月の期間に行われるチーズ市は当時の運河輸送を再現し、黄色い球のチーズを満載にのせた手漕ぎ船から陸へ手渡ししながら、広場に並べられるというパフォーマンスをしてくれます。

もちろんその場で買うことができますが、サンプルにドリルで穴を開け「コア・サンプル」を取り、味見をして品質を確かめ、値段を決めていくなどの本場のやり方を体験できます。

その他、陸路で馬車にのってくるチーズ生産者もいます。

ちなみにこのとき販売されるエダム、国内で売買されるものでは、色は“赤”ではありません。

色がついているにはそのチーズの目的地や種類を意味しています。

ナショナルカラーのオレンジをもつオランダは、自国のチーズはよりはっきりわかるように黄色もしくはオレンジでコーティングしています。すべてロウです。

また、赤は輸出用で、赤はオランダの国旗の赤と国民の勇気をたたえた色としています。 チーズの状態も到着期間を考えて若いものであることの意味も併せ持っています。

黒いワックスもあります。

それは17週間以上熟成されていることを意味しています。

さらに緑色のワックスといえば、ハーブやニンニクがチーズ内に添加されているということが分かるのです。

あくまでもワックスで中のチーズの熟成を助けるものですし、食べるものではないので気を付けて削って食せねばなりません。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする